2012年8月10日金曜日

私は何者か 私が私として生きる ただそれだけのことが難しい



最近二歳の息子に「お父さん、どこからきたの?」と質問されます。はじめて尋ねられた時、返答に困った私は、反対に「◯◯くんは、どこからきたの?」と尋ねてみました。すると息子は「◯◯くんは、空からきたの」と。これはいつも観ているディズニーのアニメ「スティッチ」の影響だそうです。そしてまた何度も同じ質問をしてきます。その時は、無難に「おばあちゃんのお腹の中から来たんだよ」とあたりさわりのない返答で質問をかわしたのですが、「お前は何者だ。どこからきて、どんないのちを生きているのだ」と尋ねられているようでドキッとしました。

この息子の質問を聞いて自分の幼い頃のことを思い出しました。
私は五歳の時に祖父を亡くしました。
両親から「病院からおじいちゃんが帰ってくるよ」と聞かされた私は病気が治って退院してくるものだと思っていたのですが、帰ってきた祖父はピクリともせずに座敷に敷かれた布団の上で横たわって、これまでの祖父とは違った様子でした。
この時が私にとって初めての死者との対面でした。その死がショックだったのでしょう、怯える私はそれからしばらく毎晩布団のなかで両親とひっついて寝ていたということを、昨年祖母を亡くしたときに両親から聞かされました。

その後、祖父は一体どこへ行ってしまったんだろうということが頭から離れませんでした。天国?どこか遠い星?子どもの想像力ではこれが限界でした。
しかししばらくすると、今度は自分の方が一体どこからやってきたのだろうか、もしかしたら自分だけ違うところからやってきたのではないだろうかなどと色々考えて不安になっていたことを憶えています。

その不安はいつしか消えてなくなりましたが、今思うと自我が未完成だったからこそ、持つことができた疑問であり、感じることができた不安であったようにも思います。自我が未完成だということは、それだけいのちに近いところを生きているということなのでしょう。

真宗では昔からよく、子どもは仏様からの授かりもので、自分のものではないのだと言われてきました。子どもが授かりものであるならば、親である私のいのちも仏様からお預かりしている大切ないのちであるといえます。仏様からお預かりしているいのちであるのにいつの間にか主宰者になってしまっている私たち大人たちは、わがいのちとしていのちを所有化し、自分というものは何者かという問いを忘れ去り、さらには自分を自分として生きるということに慣れきってしまっているといえます。そんな私たちですから当然、自分のことは自分が一番良く知っていると思い込んでしまっています。しかしそれは物心がついてからの自分という記憶であって、それ以前の記憶、肝心の自分の出処、出発点を知らないのです。だから「どこからきたの?」といわれても即答できないのです。

「生」


ものをとりに部屋に入って 
何をとりにきたか忘れて 
もどることがある  
もどる途中でハタと  
思い出すことがあるが 
そのときはすばらしい 

身体がさきにこの世に出てきてしまったのである  
その用事は何であったのか  
いつの日か思い当たるときのある人は 
幸福である 

思い出せぬまま  
僕はすごすごあの世へもどる


『ぜぴゅろす』杉山平一

いつの間にかスタートしたいのちであるから、本当の用事忘れてしまっているのです。目の前の用事は分かっても、大切な用事が分からない。何の為に生きるのか、何をして生きるのか、人生の用事をうっかり忘れてしまっているのが、私たちです。しかし忘れたままではいられない。なんとかして思い出したいのです。そういうものを心の奥底に抱えているのです。アンパンマンの歌詞にもありますね。

なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんてそんなのは いやだ!


「そんなのは いやだ!」というものを抱えているからこそ、とりにいった用事を思い出そうとしても思い出せずにどかしく感じるように、自分の人生なのに自分の人生でないような、また私であるのに本当の私でないような、そういうもどかさを感じるということがあるのだと思います。どうでもよい用事であるならば、忘れてしまえばいいのでしょうが、そうはいかないのでしょう。自分では分からないが、何か引っかかる。

お釈迦様はお生まれになられてすぐに七歩お歩きになり、「天上天下唯我独尊」とおっしゃられたといわれていますが、釈尊降誕という出処のところにお釈迦様の生涯にわたる用事がはっきりと象徴的な言葉で宣言されています。
皆さんもよくご存知のように、七歩とは、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)という流転する迷いを超える歩みを表します。また「天上天下唯我独尊」とは当然、自分だけが尊いのだということではなく、みずからのいのちの尊さに目覚めるところに、一人ひとりが尊いいのちを生きているのだという宣言といえます。もちろん、本当に生まれてすぐに歩いたわけでもしゃべったわけでもありません。いくらお釈迦様でもそんなことは不可能でしょう。
お釈迦様の生き様を見てきた人がお釈迦様のご生涯とはこういうご生涯でしたということをこのような表現で端的に表したのでしょう。しかしそのことが人生の終わりではなく、人生の出発点である誕生の様子のところで語られているところに深い意味があるように感じます。
生涯の終わりに語られるのであったならば、それは悟りをひらくことができた釈尊だけの特別な道になってしまうかもしれませんが、出発点において語られているところに、釈尊と同じく私たちもまた六道の迷いを超え、そこに賜ったいのちの尊さに目覚めさせていただくという大切な用事があり、そしてそういう歩みをしていく人生を願われている、そういう意味がそこにあるのではないでしょうか。

出発点に帰ってそこから見ると見えてくるものがあります。それは何か。本当の自分の姿です。人生の用事を見失い、六道に迷い、いのちの尊さに気づくことなく空しく過ごしている、それが私たちです。その私たちに大切な用事を思い出させてくださる声、それが南無阿弥陀仏であり、「私は何者か」私以上に私のことを知っていらっしゃる眼、それを仏様というのでしょう。