2009年4月2日木曜日

どんなに苦しい時も どんなに悲しい時も そんな私をも支えてくださったのですね ほとけさま

苦しくて、苦しくて、
もういっそのこと死んでしまいたい。
思い切って自らの命を絶ってしまえるなら話は簡単だ。
自分の人生は自分のものと思いこみ、自由に生きてきたはずである。
なんでも自分の思い通りになると思っていた。
自分の人生なのだから、自己責任でどうにでもできると思っていた。
それなら、死ねばいい。死ねば楽になる。

しかし、死ぬことができなかった。
そう簡単に人は死ねるものではないようである。
死にたくても死ねないからより一層苦しむのである。
生きたくても生きられない、死にたくても死ぬこともできない。
念仏を称えたって少しも楽にならない。
神も仏もあるもんか。
えい、もうどうにでもなってしまえ。

しかし、死なずに生きていた。
念仏のお陰で救われましたなんてかっこいいことはいわないし、念仏のお陰で生きることができましたなんてこれっぽっちも思ってなんかいない。

こんな私をもほとけさまは念じてくださっていた。
私が信じようが信じまいが常に念じられていた。
そのお心がようやく私に届いたのである、ナムアミダブツと。
なぜだか知らないが、不思議と口にしたこの言葉、ナムアミダブツ。
そんなほとけさまの永劫に渡るご苦労に気づかされた時に
思いもかけずでてきてくださったのだ、ナムアミダブツと。

ご苦労を知れば知るほど、どんなに謝しても謝し難き、ナムアミダブツ。
背きつづける我が身を知れば知るほど、あやまってもあやまりきれぬ、ナムアミダブツ。
我が身の現実を知った今、いよいよ頼もしき、ナムアミダブツ。
ただほれぼれと、ナムアミダブツ。